簡単に誰でもできると言う広告

「誰でもできる」「簡単に成功する」「必ずうまくいく」
いつの時代にもよくわからない会社のやサービスの広告でよく見るキャッチです。情報商材にかぎらず、特に規制の緩いネット広告であふれてますね。

ちょっと考えればわかります。
本当に「誰でも~」「簡単に~」「必ず~」ならば、このネット時代、いくらでも無料で情報があふれだしてきて、とっくの昔に常識になっているでしょう。
「誰でもうまくいかない」「簡単にできない」「かなりの確率で失敗する」ような課題だからこそ、人はそのノウハウを求めるわけです。それが、お金さえ払えばいともたやすく実現できるといっている段階でかなり注意を要する案件であることが想像できます。

もちろん、必ず嘘だという根拠もありません。
もしかしたらノーベル賞級の発明をした方が、神のような広い心で、何も知らない素人がちょっと無理すればなんとか払える価格設定でその発明を教えてくれているのかもしれません。むしろ、すべてがそうであったらどんなにこの世の中が幸せになるだろうと心から思います。

ウソだ・ホントだという論議はこういう場合はあまり合理的ではなく、水掛け論になりがちで、要は論点は何かということが明確にする必要があるのであり、論点のポイントは広告主のみなさんがおっしゃる「できる」「成功する」「うまくいく」の定義は何かということです。

例えばよく見る「〇〇で開業できる」という話の場合、「開業」の定義は何かということです。テナント見つけて、内装工事して、設備いれて、人雇って、広告つくって、メニュー構成考えて、マーケティングなる名のもとにウェブサイトやSNSを展開して、オープンの日にパンなり、お菓子なり、料理なり並べればそれでも一般的には開業で国語的には何の問題もないかもしれませんが、それをノウハウとして語るとすれば、それはむしろその後の経営をきちんと安定するところまで持っていけるかどうかを含めていると考えるのが妥当です。

少なくとも「開業したい」と思って情報を求める人は「開業して6か月で従業員の給料が払えなくなって、10か月後には家賃を払えなくなり、夜逃げ当然で廃業する」ようになっても開業さえ体験できれば悔いはないというような、そんな非現実的な前提ではないわけです。

料理ができる・パンが焼ける的な話も同様で、簡単にできるわけないことを簡単にできるというなら「できる」というその定義を明確にすべきでして、すくなくともどんなにまずくても材料を煮炊きすれば「料理」になるし、粉と水とイーストを混ぜて焼けばそれはもう立派な「パン」になります。
しかしながら世の中の常識として、それだけでは「できた」といえないからプロの職人が存在し、そのプロの技術を用いた製品に人々は魅力を感じてお金を払い、そしてそのプロの中で限られた人だけが競争に勝ち成功するわけです。

結局のところ、やはり情報を受ける側の意識の問題になってしまうのですが、上記のような広告のキャッチに気をひかれる前に、自分のやりたいことは「具体的にどういうことなのか」そしてそのためには「具体的に自分にはどんな情報が有用なのか、何をコミットしてくれることが必要なのか」をきちんと整理することがとても重要だということになると思うのです。

ようするに「自分のニーズの本質」というものを「わかりやすい言葉」で「具体的に定義する」ことが、情報の取捨選択の作業をするにあたって、最低限必須な作業だと思うのです。
いや、やってみるとこの作業、慣れないうちはけっこう大変で難しいんですよね、ホント。
でもやらないとお金と時間がかなり無駄になっちゃいますから。

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