Thierry Meunier Chef 講習会

2019年4月4日、フランスのM.O.F.であるThierry Meunier氏が来日され、東京で講習会が行われた。私が言うのもおこがましいのだが、その内容があまりに素晴らしものだったので、その概要を私が感じ取れた部分だけここにまとめさせていただこうと思う。

Monsieur Thierry Meunier

ただしこの講習会では使用したレシピに関しては公開が禁止されており、したがってレシピとその内容に関することは一切記載することができませんので、その点はご理解いただければとおもいます。

Thierry Meunier氏は今まで日本に何度も来日されているが、今回の講習会の内容で大きなテーマになっているのは今フランスで一番注目されている製パン法である“RESPECTUS PANIS”(レスペクチェスパニス)。初めてその名称をきいたときはその語幹からラテン語かと思ったのだが、この日の司会をされていた児玉シェフによると実はいくつかのキーワードから頭文字をとって作った造語らしいとのこと。
造語だとしても、なんと美しいワードだろうか。“RESPECTUS PANIS”。その語感から、「素晴らしきパン」「栄光あるパン」という意味が感じ取れる。

周りのシェフも食い入るように見つめる

 RESPECTUS PANIS。その要点はニーディングを極力短くし、またイーストの量もごく少量としたうえで、比較的低温を維持した状態で長時間の発酵をとって作っていくということ。詳細はあえてここでは書くことを避けるが、この製法について詳しく書かれたフランス語の公式本(英語表記あり)がフランスのアンバサドール協会本部から出版されており、うれしいことに日本アンバサドール協会の尽力で今年の秋口くらいに日本訳のものが発売される。価格はまだ未定とのことだが、決まり次第、日本アンバサドール協会のサイトで公表されるようだ。これはとても楽しみだし日本のパン文化にとってもとても有意義なことだろう。

司会を務められた児玉シェフ 手に持っているのはフランスのRESPECTUS PANISの公式本

講習で紹介されたパンは、バゲット・トラディション・ムニエやバゲットフィユテ、そしてカンパーニュやブリオッシュ等、実に充実した内容。

もちろんRESPECTUS PANISの製法で作るものもあれば、そうでないものも。そういう意味でも幅広く、バラエティに富んだものとなっていた。

RESPECTUS PANISの製法によるミキシング

上記の写真はバゲット生地をRESPECTUS PANISの製法で「こねあげた」もの。信じられないかもしれないが、バンジュウの中で手で1分ほど軽く混ぜただけでこねあげ完了となった。これを数回のパンチでつなぎ、長時間のフロアーにもっていく。これがこの製法のいわゆるキモの一つらしい

この製法に関しては私のようなアマチュアやマニアが一度見ただけでコメントできるようなものではなく、日本の一流シェフの中でもまだトライアルを繰り返しているような状況のようだ。フランスで主流になりつつあるということなので日本でも定着してくるだろうが、その評価や本質的な理解に関しては日本のプロのシェフの方々のもの待ちたいと思う。

氏の作業を見つめる目があまりにも温かい

Thierry Meunier氏の講習の中で、一番私が感じたのは氏の目の表情。

一流と呼ばれる職人が仕事をするときの視線というものは、周りの人間を緊張させるような厳しさを持っているか、もしくはとてもクールで知性やひらめきを感じさせるか、それ以外の場合でもどこか静かさの中に秘められた、鋭く冷ややかなものを伴っている場合がほとんどだった。少なくとも私が接してきた一流の職人や仕事人といわれるようなどこか極めた部分を持っている方々には例外はない。

Thierry Meunier氏の視線はそのような私の経験とは全く別のものと言わざるをえない。

視線がとても柔らかい。

生地を見るときの目、他の者の作業を見るときの目、パン作りを通じて最初から最後まで氏の目線はとても温かく、ぬくもりのようなものを感じさせる。様々な作業が同時並行して動くパン作り。その作業を見つめる氏の瞳は驚くほど柔らかく温かい。まるで小さな子供をいつくしむような視線で生地を見る。作業を見る。目の表情だけを見ているととても厳しい仕事をしている人間のようには見えない。

顔のうえでの表情は変わる。パン作りが始まったとたんに表情にはある種の緊張感がはしる。作業中に笑顔もあれば、シリアスな表情も見せる。でも瞳の奥からの発せられるなんともいえない温かさは、表情の動きにかかわらず何も変わらない。

バゲットフィユテの焼成 この成形もスムーズでスピーディ

そして一つ一つの作業はプロのシェフが食い入るような目で見詰めるほどスムーズで正確にこなされていく。流れるように自然に、まるでとても単純で簡単案な作業をするように、複雑な作業をこなしていく。そしてとてもやさしい目がいつも生地を見つめている。

このような視線で仕事をされるようになったのはいつのころからなのだろうか。機会があればご本人に尋ねてみたいと思う。

少なくとも私が思うのは、きっとこの目の温かさとThierry Meunier氏の作るパンとに間には、切っても切れない関係があるに違いないということ。

ブリオッシュのミキシング 時間が足りず最後は手ごねで仕上げた

「この地球で食べられているパンの80%はやわらかいパンです。ハード系といわれる硬いパンは20%でしかありません。人間はやはり柔らかいパンが好きなようです。ですからプロである我々もおいしいやわらかいパンが作れなければなりません。」
全世界のトップシェフから情報が入ってくるThierry Meunie氏だからこそ言える言葉。

そしてこの日につくっていただいたパンをすべて味見するという幸運に恵まれた。もっとも印象的であったのがブリオッシュだった。バゲットもカンパーニュ生地ももちろん素晴らしい。でもこのブリオッシュにはとても忘れることができないようなインパクトがあった。

真ん中がブリオッシュの焼き上がり その味わいに驚く

「フランスのブリオッシュはパサパサしすぎている。だからしっとりしたブリオッシュを作らなければならないと思ったのです。」

このThierry Meunier氏の言葉は、きしくも日本の児玉シェフの言葉と全く同じだ。ブリオッシュというパンを考えるの点で興味深い。

バゲット生地はルヴァン入りとルヴァンなしで比較 こちらも驚くべき結果に

講習の最後の時間帯の質疑応答では、日本の名だたるトップシェフからの質問が相次いだ。

その多くがRESPECTUS PANISの製法の本質に迫まろうとするもの。アマチュアの私にとってその言葉自体は理解できるものの、それはしょせん「国語」としてのそれでしかない。もっとも重要なものは、その質問と回答というやり取りの中に含まれている「行間」というものであり、それはプロとして厳しい環境で何十年もパンづくりにかけてきた人間だけが共通して身に着けている知識と経験がなければ決して読み解けるものではない。

それを持たない者が知ろうとすればするほどパン作りの難しさと己の実力を理解できていないことの証明にしかならないし、それこそわかったと思えば思うほど、あさはかな知ったかぶりの勘違いでしかない。私に理解できたのは会場にいた日本のトッププロの食いいるような視線と、少しでもTherry Meunier氏からヒントを引き出そうとする熱量であり、それだけで十分にこの講習を取材させていただいた価値があったし、それをこうして伝えることに十分に意味があると思っている。

Monsieur, Merci beaucoup!

Therry Meunier氏の講習は、最後までその温かい視線に醸し出されたような柔らかい空気の中で行われた。最後のシェフからの言葉に対して会場からあふれるような拍手が響きわたり、その時間はとても長く感じられた。日本のパン文化の中にあらたな芽が1つ育ちはじめたことへの、期待と感謝がこもった響きであったように思えた。

(平岩 高弘)

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